堀川紀夫の美術教育実践

小中学校で合わせて38年間務めました。この間に積み上げてきた美術教育あるいは美術教育の良さを生かした実践例を全国の若い先生方に伝えたいと願って公開していきます。

題材5 生徒等の心を飛ばす共同性を生かした題材

題材5 生徒等の心を飛ばす共同性を生かした題材

題材名-「軽熱気球の冒険」

実施学年-中2

表現形式-総合的な表現(立体造形とパ-フォ-マンス)

授業時数-10時間

指導の時期-2月~3月

指導の目標
 
・紙気球を飛ばすことの目的や条件を理解し、構想を練り、計画的に製作する。
・気球を飛ばし、気球と遊びながら、目的実現の喜びを深く味わう。

材料・用具

 薄葉紙、画用紙、厚紙、新聞紙、アラビアゴム糊、ラッカースプレー、はさみ、カッター


(1) 題材設定の理由

<気球のイメ-ジ・象徴性より>
 気球は、自由でおおらかな大空へのあこがれの産物。気球の動きは青春の姿に似ている。気球を飛ばすこと、それは夢を飛ばすこと。自分の心を飛ばすこと。気球を飛ばすこと、それは誰もが楽しいこと。

<教科の今日的課題より>
 偏差値優位の中学校の現実の中で、美術科の今日的課題の一つは偏差値では計れない感性的経験、美的衝動の燃焼を保証することである。
 それは、価値基準がはっきりし、評価し易い視覚美優位の基礎・基本的造形要素に依拠して指導するだけでは達成し得ないことである。そこでは、既成の領域概念や指導理念にとらわれない、言わば教科の構造に風穴を開ける考え方が必要になってくる。
 このような立場から、いまだことばならざる感性・体感重視の総合造形的学習を重視した題材の開発を考え、狭い机上と教室をはみだして活動していく本題材を設定した。

<生徒の心情に迫る必要性>
 物質文明の高度化や情報化社会の進展に伴う社会変動や逆理現象(例えば、情報の氾濫や自然破壊など)の渦中で、生徒の意欲や感性は多様化、拡散の一途をたどり、また、衰退してきている。週1~2時間の造形学習の場で、そのような生徒の心情をどのように捉え、惹き付け、表現させていったら良いのであろうか。生徒の心の拠点となり、同一化や感情移入の対象となるものをどのように掘り起こしていったら良いのであろうか。
 このような問い直しから、入学から卒業までの生徒の生成する心情の世界を、主として普遍的な意味での人間と自然との関係に比喩して、次のようにイメ-ジ化・シンボル化して捉えたい。

 1年
・ものごとが着実なリズムで成長発展していくイメ-ジ。
「シンボル-春、太陽の光、新芽の成長、自然の生命、芽吹き、緑の世界、眼の輝き、向日葵、微風、風車、ひよこ」
 2年
・躍動的、流動的、激動的なリズムで変化していくイメ-ジ。
「シンボル-激流、滝、水飛沫、洪水、嵐、炎、入道雲、雷、流星、火花、爆発、火山、波、台風、気流、カオス」
 3年
・宇宙的で広大、いろいろな要素が総合されてまとまっていくイメ-ジ。
「シンボル-山、大河、天の河、天地創造、道、礎、巣立ち、歴史、大海、神話、大樹、宇宙、宇宙卵、小宇宙、輪廻転生、タイムカプセル」
 以上のようなイメ-ジやシンボルをもとに、2年生の3学期の終りの生徒の心情を考えてみると、2年生のこの時期には、最上級の3年への進級直前のちょっぴり自由な、そして確かに心の内に希望や自信を見出したような解放感がある。そんなこの時期の生徒の心情に迫り、その解放感を造形として伸び伸びと表現させる題材を求め、本題材を開発し、設定した。
 つまり、この気球は、卒業式が終ってから終業式までの10日間くらいの間に完成させ飛ばさせるように計画する。そのような解放感の表現として気球を飛ばさせたい。

<地域性のある題材開発の必要性から>
 我が町では7年前に、地域起こしの施策として米山に連なる万葉集にもうたわれている名山尾神岳にハンググライダーの基地を誘致した。以来、春から秋への好天日には日本海側より吹き上げる上昇気流に乗って大空を鳥人達の舞うのが見られる。この大空への挑戦の夢を造形教育でかなえてくれる題材がほしいと考えた。
 また、雪国である我が新潟県の各地方の春を迎える習わしの一つとして、小千谷市に中国から伝わったという紙気球「ボコ」を飛ばす行事がある。この習わしは、現在春分の日をメインとした、本物の熱気球が飛び交う小千谷気球祭りに発展している。この春を迎える喜びの表現を題材にしようと考えた。

<エアーアートの造形性の概念より>
 気球を飛ばすことはエアーアートの一種である。気球の材料は、和紙の薄いものなど。それを使って、体積の大きい多面体や球体をつくる。そして、ガスバーナーを燃やした熱風を吹き入れて飛ばす。これは温度差による空気の浮力を利用した科学的造形である。
 少ない表面積でできるだけ大きな体積と美しい球体、安定感のある球体をつくり出すこと。材料の和紙がとても薄いので、のり付けやカラースプレーを使った彩色などの段階で作業手順などを工夫することにより造形性も充分に追求できる題材であると確信して設定した。

(2) 準備

(ア)・内容分析(教え、育てる要素)

ア 目的・条件
*空気の温度差による浮力を生かした科学的芸術。AIR ART 。空気の造形。視覚的デザイン
イ 構造   
*平面(和紙)を組み合わせて多面体、球体をつくる。
ウ 配色   
*単純で目立つ配色
エ 構想   
*構想を図や簡単な模型で確かめる。
オ 材料・用具
*薄い和紙またはウス用紙。セロハンテープ。のり、はさみ、カッター等の効果的な扱い方。
カ 計画性  
*試作から本製作へと計画的に取り組む。
キ 技術   
*多面体、球体のつくり方(関連一年数学空間図形)。LPガス燃焼の熱気の利用法
ク 知識   
*空気の性質、対流、浮力。気球の歴史と種類。空への憧れのロマン。気球のイメ-ジと象徴性。
ケ 発展性  
*立体構成。ソーラーバルーン。

(イ) 気球発射装置の製作
 陶芸ガス窯のバーナーと1メートル程度の煙突の筒などを使って温風を吹き込む装置をつくる。(卓上コンロを利用しても良い。)


(3) 導入
課題1 気球のイメ-ジをまとめる。(学習班をつくる)(1/2時)
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課題2 気球の形を考える。正多面体や地球儀、紙風船のつくりを参考にしながら気球の形のつくり方の手順を考える。(1/2時)
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課題3 実際の用紙を使って小形の気球を試作する。試作の気球を飛ばしてみる。(1時)
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(4) 展開
課題4 つくる気球の構想をまとめ、体積1立方mから4立方m位の気球をつくる。(各班全紙12枚程度)( 2時)
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型紙をつくって、用紙を切り、張り合わせる。
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課題5 ラッカースプレーを利用して気球にさまざまなデザインをこらし完成させる。( 2時)
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課題6 気球を飛ばして滞空時間を計測して競い合ったりして楽しむ。(1時)
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課題7 感想をまとめ、自己評価をする。(1時)
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(5) まとめ
 熱風を込めて「いち、に、さん、それー!ワァー!飛んだ!飛んだ!行け、行け!」「それ行け!飛べ!飛べ!やった!やったぞ!飛んだぞ!もっと高く行け!」と気球を飛ばす男子グループの歓声。 「すごく飛ぶんだね。やった!やった!」 とは女子グループの声。
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 早目に出来上った作品は体育館で卒業生を送る会での学年の出し物として、また、4月当初の生徒会の新入生歓迎のイベントとしても飛ばし、新3年生としての面目を示す機会ともなった。
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 屋外での飛行は、風の有無などの自然条件に大きく左右される。今年は適度な風がある好条件での飛行で、10分以上の滞空と水平距離で1キロ程の記録が出た。もちろん近くの林に落ちてしまって回収に行けない例もあった。
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校庭の欅に引っかかってしまったY中での例。屋外での飛行は立地条件によって制限されるので安全について十分に配慮する必要がある。
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(6) 評価
 本題材における評価の分析的観点は、前述の学習課題そのものである。総合的観点については題材設定の理由で述べた5つの観点の和をもって替えたい。ちなみに、本題材終了時に学習の反省として生徒に示した自己評価の観点は次の通りである。

1 気球づくりに協力して計画的に取り組むことができたか。
2 むだのない、理にかなった美しい形ができたか。
3 独創性のある装いのデザインができたか。
4 ラッカースプレーの扱い方、型紙の作り方はうまくできたか
5 気球はよく飛んだか
6 満足のいく作品であったか
 本報告の写真を撮影した公開授業のクラスでは、文章による感想、反省と共に5段階で評価を数値化をしてみた。どの項目も3.5以上の平均であった 。一つの班が、忠告を忘れて決定的な球体つくり方のミスで飛行させようとしたときに無理な浮力がかかって破れてしまい不満足な結果となった以外は概ね満足してくれた結果であった。
 尚、避けて通れない成績評価は、美術科では初めての班単位の競い合わせで行った。他の描画題材やデザイン題材では意欲を見せなかった男子ばかりの班ががんばり全ての観点でトップ成績をとる活躍を見せてくれたことが印象的であった。

(7) 実践を終えて

 今日、中学校教育は95%以上の高校進学体制のもとに管理化が進み、知育のみに分極化した画一的な競争主義が支配的である。その意味で我々の美術科は、中心教科には決してなり得ないわけである。しかし、美術科には根源的な意味で全ての教科の要素が包含されていると考えられる。そこには、眼と手と頭・心を分極化することなく一体化・総合化していく「人間としての全体的な活動」がある。
 発想から構想、そして表現へと結実していく造形表現活動の過程には真実や美を感じる、見る、触れる、実感する、直感する、直観する、想う、考える、表現する、つくり出す等々の人間的成長の根源的契機が数多く存在している。そのことに立って美術科は教科としての存在を強く主張し、そして造形表現の素晴らしさと喜びを全ての生徒に感受させて行かねばならないと考える。
 S子は飛んでいく気球を「大空をかけ上がって行く夢冒険」「大空に輝く天使のよう」と形容してくれた。スプレーの取り扱い方がまずいと床を汚したり、そのシンナーの匂いが非行をイメ-ジに結びついたり、また、造形性の追求の面からは指導改善すべき点の多い実践ではあった。しかし、この題材は生徒の心情とはがっちりと噛み合っていた。このような、いわばパーフォーマンスをも含めた広がりを持つ楽しい表現題材をもっと開発して他の学年にも取り入れていきたいと考えている。

 (美育文化 1986年6月号と1988年7月現代造形美術実践指導全集10 総合造形編で誌上発表)