堀川紀夫の美術教育実践

小中学校で合わせて38年間務めました。この間に積み上げてきた美術教育あるいは美術教育の良さを生かした実践例を全国の若い先生方に伝えたいと願って公開していきます。

巻頭言 [挨拶] 私の美術教育の歩み(題材集)

巻頭言 [挨拶]

私の美術教育の歩み

1 はじめに 
私は、第二次世界大戦中の受胎で、1946年2月生まれです。大学入学は新潟国体、新潟地震、そして東京オリンピックが開催された1964年です。そのような巡り合わせから、戦後の高度経済成長と新左翼運動の活発化など1970年の大阪万博に向けて高揚していく物質と精神が激動した時代に自己形成をしてきたことになります。
また、その時代精神に触発されて、1967年10月の新潟現代美術家集団GUNの結成に参加し、前衛的な表現活動を追求し始めました。その活動の過程で新しい美術表現を生成させる体験を積み上げたことが、その後の私の美術教育の原動力となりました。
私は1968年4月に公立中学校に教員として採用されました。その最初から私なりの表現理念による美術教育に託す願いの実現、美術科のあるべき姿、教科性の確立をめざし、オリジナル性のある題材開発に熱意を注いできました。
 美術科は他教科に比べて、目標・内容と題材(教材)との関係が開放的です。教科書教材に替わる題材開発の可能性はまさに多様で自由自在です。中学校入学から卒業までの3年間の活発な表現活動を願って、いわば汎題材主義で題材開発の試みを続けてきたわけです。そして、そのようなオリジナル的な題材で指導計画の大半を構成することを美術教師としての夢としてきました。
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 教諭25年、教頭5年、校長8年の計38年間、その時々の指導要領の改訂のキーワードを捉えながら、題材開発や自作備品の制作に傾注してきたわけです。この間の私の美術教育実践レポート、小論文などをまとめて、後輩達への贈り物にしたいと考えます。私が開発、工夫してきた実践例を紹介することで、同じように指導の工夫をしている全国の仲間達に連帯の挨拶といたします。それが美術教育の発展に寄与できればと考えています。

2 今日的課題と実践の視点
基礎学力を定着させること、個性を生かす教育や自己教育力等を身に付けさせることは不易の教育課題です。その成否は、結局は教師の指導の在り方次第です。
美術科は、時間数の削減に伴い存在自体が危ぶまれていると言えます。現実として美術科の教諭数は激減しました。
情報化や高度工業化の進行と知的学力優位の受験体制の中で、生徒は眼高手低で感性も刹那的でバーチャル化し、目と手と心を駆使する造形表現に意欲・関心、やる気を失う者も増える一方です。
教科の表現と鑑賞の領域に含まれる内容は拡大しましたが、その中で何を取り上げるかで、多極・多様化の一途を辿っています。それらの実態に失望したり自閉したりせず、造形表現への意欲を育み、発想力の向上や表現の楽しさを深く味わわせることが肝要です。教科の存在の意義をしっかりとふまえ、題材開発や学習過程の工夫で造形学習の質の充実を図る指導方法と指導計画の改善が焦眉の課題です。

本書では、これまでの題材開発の中で校内研修、誌上発表、指定研究、官制研修、組合研修など様々な機会をとらえて発表してきた歩みの中から私自身の自己評価の高いものを取り上げます。それらによって、指導要領の基本理念である「学校の創意工夫を生かす」ことや「体験的な活動の重視」、また、美術編 第3 指導計画の作成と内容の取り扱いにおけるニューワードである「共同で行う創造活動」のあり方についての提案ともしたいと考えます。
個々の題材開発の視点についてはそれぞれの実践紹介で詳しく述べていますが、共通する視点を抽出し、一般化に向けて次の7つに跡付けました。

(1) 思春期の生徒の感性との響き合いを重視する。
情報化、高度工業化の社会に生きる生徒の多様な感性、興味・関心を惹き付ける魅力ある題材とする。

(2) 基礎的・基本的事項等の指導内容を押さえる。
 教え育てるべき主題性、造形性等の基礎的・基本的事項を明らかにする。そして、指導過程のそれぞれの分節に適切な学習課題の設定を図る。

(3) 個人の表現題材にとどまらず、グループや学級、学年、そして全校での共同制作等様々な造形活動のダイナミックなあり方を追究する。
一人で行うことと違った表現の喜び、大きな感動体験を培う共同制作の題材を開発する。

(4) 題材開発に伴う仰々しいイメ-ジにとらわれず、時流の一つである軽薄短小の扱いやすいイメ-ジを重視する。

(5) 学校や地域の特色を生かし、また、領域概念や表現形式にとらわれない発想で題材を開発する。
また、誰もが、どこの学校でも、何時でも取り組めるように、一般化への筋道をはっきりとさせた題材とする。

(6) 適切な費用負担と誰もが持っている用具で大きな感動を生み出せるように、材料と方法を工夫する。

(7) 現代美術表現の教育的意義に鑑み、その特質の一部を題材に取り入れる。

そして、実際の指導に当っては、一人一人のもつ発想力や造形表現への意欲の持続と向上を願って、構想していく過程を重視してきました。以下、実践例により述べていきます。